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社長の武井です。
いつもみつわブログをご覧いただき、ありがとうございます。
日々のちいさな気づきを届ける「みつわの日常」。#21の今回は、私自身の身内の葬儀に参列した経験から、改めて感じたことについてお話ししたいと思います。
先日、父方の祖母、母方の祖父が立て続けに亡くなりました。
神奈川や青森を行き来する日々が続き、久しぶりに親戚と顔を合わせる時間でもありました。
今回は、葬儀社としてではなく、一人の“家族”として葬儀に向き合う機会。
その中で感じたのは、同じ「孫」という立場でも、住んでいる距離や関わってきた時間によって、見えている景色がまったく違うということです。近くで暮らしていた孫たちの話からは、私の知らなかった祖母や祖父の姿が次々と語られました。
酪農や畑仕事をしていたことは知っていても、その姿を見たことはありませんでした。それに、自分の親から聞く思い出話からは、「厳粛な人」というイメージがあったんです。
だから、畑での作業中に蜂に刺された孫を真っ先に気遣った祖母の話を聞き、「こんな一面もあったんだ」と驚きました。
また、祖父の葬儀では、喪主の挨拶を聞きながら、野鳥や昆虫が好きだったことを思い出しました。
家に行けば、いつも鳥の鳴き声がしていたこと。雑草を取ってきて餌にしていた姿や、夏になるとカブトムシを持たせてくれたこと。話を聞くことで、忘れていた記憶が自然と蘇る。そんな時間でもありました。
普段、みつわでも大切にしている「写真を選ぶ時間」や「思い出を振り返る会話」。家族の立場になってみて、改めて意味のある時間なのだと実感しています。
また、地域や葬儀社によって、お別れの時間の彩り方が違うことも印象に残っています。神奈川では、ご家族が花を手向ける時間を大切にしていて、スタッフはあえて近づきすぎず、見守るような距離感でした。青森では、一輪の花に花言葉を添えて手渡す場面もあり、そうした工夫の積み重ねが、その時間の深さにつながっているように感じました。
時間をどう使うか、どこまで携わるか。案内する側ではなく、見送る側に立ったことで、一つひとつがご家族の心の動きに影響することを、これまで以上に意識するようになっています。
葬儀を終えて特に感じたのは、雑談のように話せる時間の尊さです。
写真を見ながら、気持ちがほぐれる。スタッフと言葉を交わすことで、家族だけでは思い出せなかった記憶がふっと蘇る。そうした「余白」があることで、初めて話せることがあるのだと思います。
一度立ち止まり、「この方はどんな人だったのか」「どう送り出したか」に、もう一歩踏み込む姿勢を忘れないこと。今回の経験は、その大切さを自分自身に問い直す機会になりました。
地域や形式は違っても、中心にあるのは「ちゃんと送り出したい」という想い。その気持ちに寄り添える時間と関わり方を、これからも大切にしていきたいと思います。