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社長の武井です。
いつもみつわブログをご覧いただき、ありがとうございます。
日々のちいさな気づきを届ける「みつわの日常」。今回は、「いい葬儀とは何か」というテーマについて、現場での経験をもとにお話ししたいと思います。
ここ最近、改めて「いい葬儀って何だろう」と考える機会が増えています。
家族葬が増えてきたことで、「コンパクトに済ませたい」という声を耳にするようになりました。だから、私たちが昔から大事にしてきたことを、もう一度見つめ直す時間がより増えたように感じています。
写真を見返し、思い出を振り返ること。故人様に触れる時間や、ご家族だけで会話を楽しむ時間。
そうした一つひとつの時間を、これからも大切にしていきたいのです。
これまで多くの葬儀に立ち会ってきましたが、「いい葬儀だったな」と感じる場面には、ある共通点があるように思います。
それは、棺の周りでご家族が故人様に対して、ひとことかける時間があることです。
本当に、ぽつりとした一言なんです。「ありがとう」とか、「お疲れさま」とか。そういう言葉をかける時間がある葬儀は、やはりいいなと感じます。
私自身、祖父母の葬儀に立ち会ったときに、父が祖父に向かって、ぼそっと言葉をかけていた姿を見たことがあります。普段はそういう姿を見る機会があまりなかったので、余計に印象に残っていて。「ああ、こういう時間がある葬儀っていいな」と思ったんです。
どうしても、打ち合わせや段取りに追われてしまうと、そういう時間が持てないまま終わってしまう。だからこそ、納棺や湯灌の時間の中で、故人と一対一で向き合える瞬間が生まれることは、とても大きいと感じています。
また、そうした時間をつくるきっかけとして、ご家族の何気ない一言を拾い、かたちにすることもあります。
たとえば「いちごが好きだった」と伺えばそっと用意したり、将棋が好きだった方には盤面を作って棺に納めたり。そうした小さなやりとりを通して、自然と会話が生まれ、思い出がほどけていくこともあるのです。
ご家族が、故人様にちゃんと向き合える時間。それがあるかどうかで、葬儀の意味は大きく変わるのではないかと思っています。
もう一つ、印象に残っている場面があります。
若い方が亡くなられた葬儀で、お母様が故人様のそばから離れられず、ずっと寄り添っていたことがありました。
人がいる前では泣いていても、どこかで気持ちにブレーキをかけているように見えることがありますが、そのときは周りに人がいない時間の中で、抑えていたものが溢れるように涙を流していたように見えて。棺に触れながら、まるで小さい子どもを寝かしつけるように、トントンと手を添えて、話しかけていたのです。
葬儀の時間は限られています。
目の前にいる時間も、数時間しかない。だからこそ、その中でどう向き合うかが、とても大切になります。
一方で、現場ではどうしても進行とのバランスもあります。
時間をかければいいというわけでもなく、その後の移動や安全面も含めて、全体を見ながら判断しなければいけない場面も多くあります。
どこで時間を取るのか、どこで進めるのか。そのバランスを取りながら、その中で意味のある時間をどうつくるか。
それが、この仕事の難しさであり、大切なところでもあると感じています。
では、「いい葬儀」とは何か。
私の中では、「ありがとうと言える時間があるか」「思い出の話をしている時間があるか」ということが、一つの基準になっています。
また、喪主の方が、来てくださった方にきちんと目を向けられているかどうか。そのために、私たちはいわゆる「黒子」として控えるだけでなく、必要なときに気づけるよう、ふと目が合うような距離にいることを大切にしています。
最近は家族葬が増え、人との関わり方も変わってきました。近所の方や親戚が自然と集まって、雑談をしながら見送るような場面は、以前に比べて少なくなっています。
だからこそ、限られた人たちの中でも、思い出を振り返ったり、言葉を交わしたりできる時間を、どうつくっていくか。また、関わり方が分からない若い世代の方が、自然にその場に関われるような工夫も、これからはより大切になってくると感じています。
形式が変わっていく中でも、故人としっかり向き合える時間をどうつくるか。
その一つひとつの関わりが、その人にとっての「いい葬儀」につながっていくのではないかと思っています。